飾り 長安禅寺 麻呂子親王の鬼退治に始まる沿革 長安寺のお問合せ
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丹波國もみじ寺 福知山の古刹医王山長安寺 京都府福知山市奥野部577 0773-22-8768
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 長安寺の沿革は今から1400年の昔に始まる。
第31代用明天皇の第三皇子、麻呂子親王(聖徳太子の実弟)が勅命を受け、丹波の国大江山に棲む鬼退治に向かう際、戦勝祈願のために一体の薬師如来像を刻み、この地に奉納されたと伝えられている。
 平安初期になると、薬師如来を本尊とする真言宗鎮護道場として金剛山善行寺が創建され、その後、長安寺と改名された。25カ寺の坊を有し、三重塔などを備え、広く諸国に知られ栄えた寺であったが、火災でことごとく焼失。変遷をたどり天文13年(1544)、福知山初代城主、杉原家次公(豊太閤の正妻寧子の方の伯父)によって再建された。度重なる火災にも薬師如来は安泰で、本堂とは別に堂を建立安置した。現在の諸堂は天明4年(1784)に建立されたものである。
 山号を現在の医王山に改めたのは弘治元年(1555)のことである。

 本尊は釈迦牟尼如来。京都天竜寺開山・夢窓国師の法嗣・悦堂禅師を創建開山、三光国師の玄孫・勅賜眼光恵透禅師を開山とする。

 宗派は臨済宗南禅寺派。別格地である。



位牌堂落慶法要

    

    

位牌堂落慶を迎えて

長い歴史を持つ長安時は、皆さまのご先祖と歴代住職の寺門護持と仏法興隆の厚き道念によって支えられてまいりました。その御恩に少しでも報いるため、また今生かされていることへの感謝の気持ちが、まことひとつに結ばれてここに健立出来たものと思っています。


 「劫初より 作りいとなむ 殿堂に われも黄金の 釘ひとつ打つ」    与謝野晶子

 微力ではありますが、寺門の興隆に励んで参る所存です。今後ともよろしく御力添え賜りますようお願い致します。
 最後になりましたが、ご尊家の益々のご繁栄を祈りご挨拶とします。

頓首敬白

住職 正木 義昭

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長安寺に安置されている仏像

薬師如来立像

(平安時代前期)

 

 

 

 

薬師如来立像

 この仏像は、33年目毎に開扉される秘仏であって、現在薬師堂の厨子内の本尊の前立仏となっている薬師座像の胎内仏であったともいわれる。9世紀末ないし10世紀初頭に制作されたと思われる。

 

(福知山市指定文化財:像高41.5センチ)

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 現在は秘仏として厨子に納められている薬師如来立像の前立仏として安置されているが、厨子内の立像を胎内仏として納めてきたと伝えられている。

 

 

薬師如来坐像

薬師如来坐像

(平安時代後期)

(福知山市指定文化財)

 

 

(像高106センチ)


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観音菩薩坐像

仏師法眼

高村晴雲作

観音菩薩坐像  作者の高村氏は幕末の法眼高村東雲の孫として明治26年に生まれ、一生を仏像彫刻に専念。「観音の晴雲」「晴雲の観音」とまでいわれた人物であり、世界的に有名である。

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本尊

<本 尊>

釈迦如来

地蔵菩薩

(室町時代)

初代城主杉原家次公秘仏

地蔵菩薩


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